2007-05-22

史上最高のプレゼン

入社して初めて、大型のプレゼンテーションをした。

相手は、東証一部上場の金融会社、広告宣伝部。

年間広告予算数十億を見込むプロモーションのプロを相手に、
発行部数6万部の小さな雑誌の営業マンが企画を売り込みに行った。


始まりは、数ヶ月前に何気なくかけた僕の一本の電話。


業界上位のX社において「戦略商品」だと掲げられていたその商品は、
ホームページを見ても、
CMを見ても、
どんな情報ソースを調べてみても、
あまりに世の中に知られていなくて、

営業上のブレイクスルーを求めていた。


いつものように血眼になって営業先を探していた僕は、
そのときなぜだか、なぜだかピンと来て、
気付いたら受話器を取って番号を押していた。


この金融商品の販売キーは「個人事業主」が握っているんじゃないか。


ものすごくおぼつかない仮説だったけれど、


それが彼らに刺さる。


おそらく日常的に大量の業者から売り込みをかけられる
広告宣伝部の彼らが「アントレ」という小さな雑誌に興味を示した。


「詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


それからすぐに、僕とX社のミーティングが始まった。


「個人事業主」というマーケットの特性、
彼らをとりまく金融事情の調査、
今回プロモーションを行う商品の特性、
彼らにとってのその商品の「価値」、

短い時間の中で大量の対話が重ねられて、
しだいに企画の輪郭が浮き彫りになってきた。

僕も、X社も、この方向性に確信を持ち始める。



「それじゃあ、具体的な企画を考えてきます!」



なんと、現在のアントレユニットでいうと、
最大クライアントに匹敵する規模の予算の了解をもらい、帰社。


同時にリクルート社内が動きはじめた。


専属のディレクター、
商品企画プロデューサー、
営業ラインからはゼネラルマネジャー、
X社専門のチームが結成される。


どんな企画を仕掛けようか。


もはや事態は「広告の枠を販売する」ことにとらわれず、
「アントレ」という事業ができること、すべきこと、
X社が必要とするソリューションを開発するプロジェクトに発展しつつあった。

プロデューサーは「既存の広告商品の枠を超える」と言い、
ディレクターは「X社の会社と商品のイメージを根本的に変えてみせる」と言い、
GMは「この企画ならアントレを進化させられる」と意気込む。


僕は、ただこのX社の成長を願い、頭をひねり、走り続けた。


ほぼ、休みなんて返上だった。


そして、初めて電話をかけてから約二ヶ月後、
プレゼンテーションを翌日に控え、
デスクの上には完成された企画書一式が並べられていた。

翌日のプレゼンに向けて、チーム「X」のメンバーへ企画の趣旨を説明する僕。

すべての説明と打ち合わせを終え、
「明日はよろしくお願いします!」
と締めくくった僕にひとこと、GMが声をかけてくれた。

「これまで、本当にたくさんの企画書を見てきたけど、
 自分が想像した以上の企画書を見たのはこれがはじめてだよ。明日は頑張ろう。」



胸を張った。



自分ひとりの力じゃない。
本当にいろいろな人の力が集まって、
X社の成長のために、
出来上がったこの企画。


自身を持った。


これは、
リクルートにとっても、
X社にとっても、
この商品を待つすべての個人事業主たちにとっても、
絶対に必要な企画なんだ。


そして迎えたプレゼンテーション当日。


発表は絶賛を受ける。

想いとロジックに裏付けられた言葉は先方の心をとらえた。

いま振り返っても、完璧なプレゼンだった。



「素晴らしいご提案です。実現に向けて動いていきたいと思います。」



X社の社内が動く。
この企画の実現のため、稟議と予算どりに担当者が動き始めた。

同時に、正式なプロジェクトのキックオフも5月末に予定され、
X社サイドも、リクルートサイドも、関係各所の調整に入った。


嬉しかった。
誇らしかった。
自分のかけた一本の電話が、
その後の出会いが、
世の中を動かす大きな流れを作ることになるんだって、

そう思ったから。







しかし、事態は一変する。








先週の月曜日。
急な連絡があって、
急遽、X社広告宣伝部の面々がリクルートに来社した。

神妙な面持ちの彼らから、ただならぬ空気を察する。


「申し訳ない」


彼らから告げられたのは、
「その商品領域からの事業撤退」
という事実だった。

業界再編の大きな流れの中で、
商品ラインナップを見直していたX社。
その文脈で、その商品領域からの完全撤退がトップダウンで発表されたという。


「我々も寝耳に水で…」


という彼らの表情はやはり厳しく、
事の重大さをすぐに理解した。

彼らは彼らで撤退に伴い、すぐに全体のプロモーション戦略を
根本的に見直さなくてはならない。


「本当に、ここまで進めてきた企画なのに、申し訳ない」


そんな事態のさなかだというのに、
すべてを優先して僕らのところに連絡に来てくれた先方の想いに胸が熱くなった。

悔しいけれど、これはどうしようもないことなんだ。



そして、チーム「X」も解散が決定した。



X社の面々を見送った後、
社内で動いてくれていた関係者を報告にまわり始めた僕。

「おつかれさま」
「残念だったな」
「実現したかった!」

そのひとつひとつの声がストレートに胸に刺さる。

「本当に、みなさんありがとうございました!」

そう言った僕の表情は、きっと抜け殻みたいだったに違いない。






その夜、僕は初めて仕事で涙を流した。






実現したかった想いの大きさと、
何もできない自分の力の小ささとのギャップで、


ひとり、信じられないくらいに泣いた。







入社以来、泥臭い営業活動の繰り返しの中で、
目標とか意義とかが見えにくくなってきて、
モチベーションのコントロールに苦しんで、
成績へのプレッシャーに押しつぶされそうになって、
それでも自分の掲げる夢と目標に近づくために、
苦しいけれどここで成長しなくちゃいけないって想いを正して、
気合を入れて、
仕事をして、
でも、目に見えた成長なんて感じられなくて、
これが「壁」ってヤツなのかって、
だとしたら絶対にこの壁は越えてみせるんだって、
そう意気込んで、
また気合を入れなおして、
テンションを上げて仕事をしてみて、
それでもブレイクスルーはやってこなくて、
そんなとき、
もしかしたら自分なんて本当にここまでの小さな人間なんじゃないかって、
落ち込んで、
苦しんで、
ガンバルのか、
どうするのか、
考えても分からなくて、

そんな毎日で、

そんな中で出会った彼らだったから、

泣いた。






ひととおり泣きはらした後、
たまたま見つけたap bank fes 06の櫻井さんの映像



なぜだろう。


何かが自分の中で変化したような気がした。







非力かもしれない、
僕には何もできないかもしれない、
でも、
絶対に負けない。







この感じも、またいつもの思い過ごしなのか、それとも違うのか。

いや、

でも、

どうやらやっと、


この目の前の厚い壁にヒビを入れられそうな、

そんな気がするんだ。